(隊長作)

パリー  交響曲第5番    - 30 -  (2006年2月)    訪問者数

パリー  交響曲第5番

  ボールト指揮  ロンドン・フィル
  ( EMI CDM 5 65107 2 ) 輸入盤  

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  このCDは買った当初はちっとも理解できなくて、永らくCD棚の肥しになってたんですが、
  昨年から聴き込んで聴き込んで、とうとう書かずにはいられないくらい
  絶賛したくなってしまった稀有な一枚。
  
  イギリスの作曲家だそうだが、非常にブラームスの情念を持っていて、
  ブラームスの初期作品か習作だと言われれば騙されそうになるし、
  ブラームスの第5番のスケッチが出てきて、それをイギリスの作曲家が
  オーケストレィションしたそうな、なんて言われるとこれまた
  信じてしまいそうな音楽なのです。
  
  それでいて、この音楽が持つ力は真実だけが持っている輝きに溢れていて、
  聴けば聴くほどイイ味が滲み出てくる。
  
  そもそもクラシック音楽、とりわけちとマイナーな、でも確実に愛する人がいる音楽って
  仲々取っ付きにくい。
  (隊長作)
それでいてその美味なることを知ってしまうと、
実に一生モノの付き合いが始まってしまう。

  私とパリーの付き合いはまだ数年しか経っていないし、今はのぼせ上がった
  初々しい関係なのだが、どうもこれは永い付き合いになりそうなイイ予感がしている。
  
  先ほど、ブラームスと似ていると書いたが、これは諸刃の剣だろうね。
  ブラームス命の御仁には、
  「なぬ!ブラームスと肩を並べる音楽なんてあろうか!」
  と怒らしてしまうだろうし、そうで無い人も
  「猿真似音楽はどうもなぁ」と敬遠されてしまいそう。
  
  たしかにこのパリーと言う人、ブラームス音楽にかなり心酔していたそうで、
  音楽表現的にはひれ伏さんばかりにブラームス・テクニックが頻出している。
  だけどね、ブラームス信奉者ならではの、ブラームスが最も格好良く煽情的に
  燃えまくる勢いが上手く採り入れられている。
  
  それでいて第1楽章冒頭のように、もやもやと何から語り始めたらいいのか
  言いよどんでいるサマは、実にブラームスらしい、いな、ブラームス好きが
  嬉々として使いそうな手法だ。   (隊長作)

だけどなぁ、いいんですよ。   これが不思議と。
  大好きな人とその音楽の薫りをふんだんに振りかけつつ、その顕わしえている音楽は
  パリーそのものとなっている。
  見事なまでの昇華だ。
  
  ちなみに、
  第1楽章「ストレス」
  第2楽章「愛」
     (噎せ返るようなロンチシズム。エルガーっぽいところもチラホラ)
  第3楽章「プレイ」
     (これはチャイコフスキーのバレエ音楽にかなり似ている)
  第4楽章「現在」といった表題がついている。
  
  第4楽章の表題はよぅ分からんが、前3楽章はそれなりに納得できると思う。
  また、交響曲自体は「交響的幻想曲1912年」という副題がついているそうで、   (隊長作)

これじゃまるでショスタコだ。

  ブラームスの第4番の後に、パリーの第5番なんてやったら、さぞかし
  感涙もののプログラムが出来上がるだろうな。
  そうすることでパリーの音楽は、ますます輝きに冴えわたるだろうに。


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