(隊長作)

2009年8月16日(日)  14:00   - 274 -    訪問者数


    名古屋弦楽ゾリステン   加藤晃 指揮    東実奈(ファゴット)
    しらかわホール

     メンデルスゾーン  弦楽のための交響曲第10番
     ワーグナー     ジークフリート牧歌
     フランセ      ファゴットと弦楽のためのディヴェルティスマン
     ヴィラ=ロボス   ファゴットと弦楽のための「7つの音のシランダ」
     ベートーヴェン   大フーガ (弦楽合奏)

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 今回は名古屋と言っても、伏見しらかわホール。
 ここは安心できる音響優良ホール。
 場所も名古屋駅と栄の間にあって交通至便、
 ただし中規模ホールなんだけど、
 その方が演奏が大迫力で好みなんだけどな。
 
 伏見と言えば喫茶「カラス」なんだけど、新規開拓しよう!
 ということで、「広小路キッチンマツヤ」にしました。

  前から気になってたんだけど、ちょっと高めのレストランかと思い込んで
  いた。実際は昭和37年創業の老舗庶民派レストラン。
  良い意味で、子供の頃行きたかったレストランという感じ。

 ランチだと千円前後で、名古屋名物がズラリ。
 「味噌カツ」や「エビふりゃあ」が腹一杯喰いたいのなら、
 これほどオススメは無い。

 そう、もう兎に角、腹一杯。
 ボリュウムには自信あるんだけど、千円ランチで
 ここまで美味しく腹一杯は珍しい。

 ちなみに私が食べたのはCランチ。
 エビふりゃあとチキン味噌カツが2枚も付いてて千円。
 赤出汁味噌がこれまた名古屋らしい。

 隊長はカルビ丼を注文。石焼きみたいな器だったので、
 最後までアツアツ。ねぎがこれまた旨かったそうだ。

(隊長作)
 さてさて、名古屋弦楽ゾリステンも3回目。
  1回目(07年)はグレツキのピアノ協奏曲に驚愕し、2回目(08年)も
  RVWのオーボエと弦楽のための協奏曲というハイクオリティなプログラム&演奏に
  安心して演奏会に挑めた。

  それにも増して気にならざるを得ないのは、指揮者加藤晃氏。
  この髭もじゃの熊さんみたいな指揮者、エネルギッシュなこと半端でない。
  おそらく名古屋を根城にしている指揮者の中では、最もアツイ指揮姿が彼だろう。

  そんな彼らがジークフリート牧歌と大フーガをどう演奏するのか。
  これまた大好きな曲が2曲も入ってるという堪らない演奏会を、今年もありがとう♪

  さすが「弦楽ゾリステン」と名乗るだけあって、弦楽器群の腕前が素晴らしい。
  大きな音楽の流れに乗って、弦の音がうにょんうにょんと波打つように
  聴こえる事がしばしば。音が合って、アインザッツが合って、意思が合う。
  これらが全て揃った上での次元で、弦が大きなデュナーミク(ダイナミクス)を
  惹き起こせる。そこへ以って来て、振幅の大きい振りをする加藤晃が輪を掛ける。
  加藤氏が輪を掛け続けたせいで、ここまでのデュナーミクが産まれたのかもしれない。

  こういった演奏が出来るとなると、これはもうリヒャルト(シュトラウス)を聴きたくなる。
  さしづめ、メタモルフォーゼンあたりはどうか?インテルメッツォの中にも
  弦楽用の素晴らしい音楽があるので、是非採り上げてみて欲しい。
  何度も書いているが、パリーのイギリス組曲やレディ・ラドナーも
  やって欲しいのよね、この楽団には。

(隊長作)
フランセとヴィラ=ロボスは、正直理解できず。
  こういった演奏会を機会に、新しい(興味のない)音楽家にも目が向いて
  いいのだが、どうもフランスものはなかなか開眼できないようだ。
  以前、フライハイト響の南米音楽演奏会で、ヒナステラには度肝を抜かされ、
  それ以来ヒナステラはドゥダメルCDは勿論のこと、弦楽四重奏まで
  買ってしまうほど気に入ったが・・・。

  ファゴットの良さも、未だなかなか判って来ない。
  最近になって、交響曲の中で滋味にファゴットだけが他の流れに反した旋律を
  進めていたりするとニヤっとしてしまうが、フルートやクラは別格として、
  オーボエほどまでも好きにはなれない。
  クラシックを聴いてきて、はや四半世紀。
  ファゴットの妙味が判らないなんて、まだまだヒヨっ子で恥ずかしい。

 本日最大のメイン・ディッシュが「大フーガ」。
 このフーガという追い駆けっこがわたくし大好きでして、
 なにかこう深遠なものを感じてしまうのです。

 教会の大聖堂大伽藍や高く聳える尖塔を
 思い浮かべてしまう。決して恐れ慄いたり
 するんでなく、凄いな、格好いいな、いつまでも
 この複雑で緻密な世界に浸ってたいな、と
 思わせてくれる。

  高校生の頃、ショスタコの24の前奏曲とフーガを聴きまくったせいかもしれないが、
  フーガは大好きな構造なのです。

  そうは言ってもベートーヴェンの大フーガを知ったのは社会人になってから。
  全くお恥ずかしい限りです。でも交響曲や協奏曲は聴いても、
  弦楽四重奏特にベトベンの後期SQは中々敷居が高い。

  大学時代、仲間内で後期SQが流行って、12番から16番は楽譜まで買って
  聴き込んだんですが、ナゼか大フーガは聴き落としていた・・・?
  大人になって、しばらくしてベートーヴェンの大フーガに出合った時の、
  感動って言ったら!

  このメルマガをお読みの大フーガ未視聴の読者さんがおられましたら、
  これは人生損をしてます。この曲は本来、弦楽四重奏曲第13番
  作品番号133番(1825−1826)の終楽章の為に書かれました。

  現在、第13番の終楽章は別の楽曲が据えられていますが、
  やはりこの曲で締めると恐ろしく聳え立ったSQに成り変わってしまう。
  ベートーヴェンの恐ろしい面が全面に出てしまった奇作傑物で、
  彼の悲鳴や怒号咆哮慟哭が聴こえてくる様な物凄い阿鼻叫喚です。

  中間部は物の怪が落ちたようにしょんぼり寂しくなってしまうのですが、
  この静けさが鳥肌がたつような美しさ。
  冒頭の主題が幽霊のように流れている中で、必死に平安の幸せを
  探しているようで、涙が出てくるような哀しいシーンです。

  一転後半は再び激烈調。でも何故か明るくカラ元気、その明るさが
  狂気じみて返り撃ちが怖い。カラ元気が盛りあがった所に
  冒頭の主題が低弦で奏せられると、音楽は激烈調を増してゆき、
  悲劇性も高めてゆく。

  音楽は決して明るさに向かわないのか、解決に向かわないのか。
  そんなドラマトゥルギィに揉み込まれる鬩ぎ合いが、このフーガをして
  「大フーガ」と言わしてめている。

  終盤はなだらかな下降旋律で結着に流れてゆき、
  何度も休符を挟みながら結末を探そうとする。
  ラストは急速なツッコミで、走り続ける事でしかゴールは
  見えない彼の心境がよく現われている。

 これは何度聴いても凄い音楽です。
 ベトベンは第九や交響曲でまずは語られますが、
 真実の心境はSQにこそあったはずです。

 また、SQこそ革新的な、大胆で実験的な音楽が
 これでもかと詰め込まれている。

 ナポレオンだとか大貴族たちが社会を牛耳っていた
 大昔の音楽とは、到底考えられない。


  後期四重奏曲はどれも素晴らしい音楽ばかりですが、戦慄してしまうほど震えてしまうのは、
  やっぱり「大フーガ」でしょう。

  そんな怖ろしいまでの音楽を、どう演奏したか。
  これがまた凄い演奏だったんですね。
  音楽そのものが持つ、襟を正さずにはいられない音符の配列が奏せざるを得ないのは
  判りますが、このように気持ちを込めて熱烈に演奏して貰えるとは思ってもいなかった。

  「はぁぁぁ」と心の中で溜め息が何度も出るものです。

  ギーレンの弦楽合奏盤を愛聴している私ですが、それでも十分な満足が得られた、
  といえば今回の演奏がいかに完成度が高かったか、解る人には判って頂けると思います。
  名古屋の弦楽器レベルは、ほとほと素晴らしいと改めて脱帽しました。



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  *** 『名古屋弦楽ゾリステン』 な過去のコンサート感想。

    * 2008年 モーツァルト:交響曲第40番,ヴォーン=ウィリアムズ:オーボエ協奏曲 他

    * 2007年 グレツキ:ピアノ協奏曲,チャイコフスキー:フィレンツェの思い出 他























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